2018年2月20日火曜日

上御霊神社

~8つの怨霊による戦国時代のはじまり~

『今出川駅』に戻ってきてそのまま突っ切り北へ。『相国寺(しょうこくじ)という大きな寺へ着いたが時は既に16時を過ぎ、拝観時間も御朱印も終わってしまっていました(-ω-)







『相国寺』は後日再訪した時に改めて記事にするので、『相国寺』の北にある『上御霊神社(かみごりょうじんじゃ)へ。







周りは普通の住宅街なのに、神社は木でびっしりと覆い隠されていて不気味なムードを醸し出しています(((( ;゚Д゚)))









『上御霊神社』「八所御霊(はっしょごりょう)という八柱を祀っていますが、その八柱はいずれも政情に巻き込まれて非業の死を遂げた人たちで、『白峯神宮』に続いて怨霊を鎮める神社を訪れたことになりました。



祭神は以下の通りです。


早良親王(さわらしんのう)

桓武天皇(かんむてんのう)の弟で次の天皇として立太子されるが、785年に自分の息子の安殿親王(あてのみこ)を次の天皇にしたい桓武天皇によって、藤原種継(ふじわらのたねつぐ)暗殺事件の首謀者に仕立て上げられて淡路国に流され道中亡くなる。

その後桓武天皇の身内の病死、疫病の流行、洪水などの被害が相次ぎ、早良親王の祟りとして恐れられる。


井上内親王(いのえないしんのう)

聖武天皇の娘で光仁天皇皇后。772年に濡れ衣を着せられ皇后の座を追われた翌773年に、息子と共に幽閉されそこで亡くなる。

死後天災が相次ぎ、井之上内親王が竜になって祟ったと言われ恐れられる。


他戸親王(おさべしんのう)

井上内親王の息子で光仁天皇の皇太子。しかし772年に母親に続いて廃太子となり、翌年母親共々亡くなる。

他戸親王の廃太子後、皇太子に擁立されたのが山部親王桓武天皇)。きな臭いですね~。


藤原吉子(ふじわらのよしこ)

桓武天皇夫人で藤原是公の娘(藤原南家)。807年藤原北家藤原宗成(ふじわらのむねなり)によって息子伊予親王(いよしんのう)が謀反の嫌疑を掛けられた際に、息子共々大和(奈良)に幽閉。後に息子共々自殺。

この事件後、藤原南家は勢力を弱めていく。


橘逸勢(たちばなのはやなり)

平安時代初期の貴族・書家で空海嵯峨天皇と並ぶ「三筆」と言われ、遣唐使として唐に渡る。

842年の「承和の変」において、藤原良房(ふじわらのよしふさ)藤原北家)は藤原家を母に持たない皇太子の恒貞親王(つねさだしんのう)に対して謀反を企てているとの濡れ衣を着せて廃太子に。そして橘逸勢もそれに加担としたとされ拷問を受けた後、伊豆へ流罪となりその道中亡くなる。


文室宮田麿(ふんやのみやたまろ)

平安時代初期の貴族。843年謀反の罪を着せられ伊豆へ流罪。以後は詳細不明。

この人については何かよく分からないです。何故に謀反の罪に着せられたのか、何故に今までの5人と共に祀られているのか。

事件が「承和の変」の翌年であることや、「承和の変」の際に弟の文室秋津(ふんやのあきつ)が出雲に左遷されているとか、海上交通の要職に就いていて外国とも交易があったことから藤原家に疎んじられていたからでは?等と色々な説というか怪しい要素はありますが。。。天武天皇の玄孫だったりもしますが、さすがにね。


当初はこの六柱を祀っていましたが、後に以下の二柱が加わりました。



火雷神(ほのいかづちのかみ)

雷神。上記の六柱の荒魂(あらみたま)菅原道真説も有り。


吉備真備(きびのまきび)

奈良時代の学者。称徳天皇(しょうとくてんのう)のブレーン。反藤原家の巨頭であったが、藤原百川(ふじわらのももかわ)との称徳天皇の後継者争いに敗れる。



以上の8つの怨霊を祀っているわけですが、元々は早良親王の祟りを恐れて桓武天皇早良親王祟道天皇と追称して祀ったのが始まりとなっています。

そして最初に『上御霊神社』に祀った六柱の共通点としては、

・政情に巻き込まれた末、濡れ衣を着せられる。
・京の都から追放され、そこで亡くなる。

この2点の様です。京からは追放されていない恒貞親王『大覚寺』の住職になりました)は、だからいないんですね。

それでも伊予親王が祀られていないのは腑に落ちませんが、どうやら『下御霊神社』の方で、井上内親王他戸親王 親子の代わりに、伊予親王藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)が祀られているようです。


ところで吉備真備もイマイチ条件に合いませんが、荒魂である火雷神に対しての和魂(にぎみたま)という解釈もあるようです。



『上御霊神社』は更に時を経て15世紀に歴史の表舞台に登場します。

1454年に有力武家で管領(かんれい)畠山(はたけやま)義就(よしなり)政長(まさなが)との間での家督争いが起き、それから色々とあった後1467年にここ『上御霊神社』の境内の森にて遂に義就軍と政長軍とが衝突しました。

この際に山名宗全(やまなそうぜん)義就に、細川勝元(ほそかわかつもと政長に加担し、この時は政長が勝利して家督を継ぐことになりましたが、ここから山名家細川家の勢力争いに発展しました。

ハイッ!歴史好きな方でしたらピンときたことでしょう( ̄Д ̄ )b


そうです『上御霊神社』は、あの「応仁の乱」発祥の地と呼ばれているのですね。










ただしこんな所でそんな合戦が行われたの!?って思っちゃうくらいに境内はさほど広くないのですが、当時は現在の2倍の広さあったようです。





最近の狛犬にはツノが生えていないのが多いですが、ここの子には立派なツノが生えてますね。



戦国時代が好きな方、ぜひとも訪れてみませんか !(メ`ロ)乂(ロ´*)!




さて、もう17時にもなったので帰り掛けに『相国寺』の写真を何枚か撮った後『今出川駅』から帰宅し、ようやく1日目の旅は終了。

いきなり神社5ヶ所、寺院5ヶ所、7枚の御朱印を頂いてきました。それと『京洛八社めぐり』も3個。

今回の旅行で御朱印をどれくらい集められるかよく分からず、大体神社と寺院それぞれ2冊あれば余裕かな?と思っていましたが、このペースだとどうなることやら(^^;)

(御朱印帳1冊につき48枚なので、48×4=192枚に対して、7枚×30日=210枚か~)





『上御霊神社』の御朱印>









『上御霊神社』

参拝時間・7:00~日没
祭神・崇道天皇、井上大皇后、他戸親王、藤原大夫人、橘大夫、文大夫、
   火雷神、吉備大臣
ご利益・厄除け、心しずめ
交通アクセス・
 地下鉄「鞍馬口駅」から徒歩3分
 バス「烏丸鞍馬口」から徒歩3分
 バス「出雲路俵町」から徒歩10分

HP・http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/shrine/02/004/

白峯神宮

~サッカーで怨霊鎮魂~

『本法寺』を出て堀川通沿いに進んですぐの所に駐車場かな?と思いきや<「源氏物語」ゆかりの寺院>という気になるパネルを見つけたのでちょっと入ってみました。






『薄雲御所(うすぐもごしょ)、正式には『慈受院(じじゅいん)という一般には非公開の門跡寺院で手持ちのガイドマップにも記載されていなかったのですが、さすがにここまで記事にするとキリが無いのでこれだけにしておきます。ただちょっと調べた限り「源氏物語」との関係は結構薄そうです。



しばらく歩いて今出川通に当たったので東へ、最初に通った道へ戻ってきました。



そして行きはスルーした『白峯神宮』へ。『晴明神社』へ御朱印帳を買いに行ったので行きはスルーしましたが、最初に回る方が効率は良いですね。








『白峯神宮』と言えば、最強の怨霊とも言われている崇徳上皇を鎮めるために建立した神社で、かつては京都屈指の魔界スポットだったらしいですが。。。









なんか今はこんな感じに、サッカーを始めとする球技全般の守護神として有名になってしまって、多くのスポーツ関係者がお参りに訪れているようなすっかり明るい雰囲気の神社になってしまいました。
ヾ(* ・へ・)/θ☆○シュート!!



元々『白峯神宮』があった所は、蹴鞠の宗家だった堂上家飛鳥井家の屋敷があった所で、明治元年(1868年)にそこの跡地に『白峯神社』を建立しました。


      ※蹴鞠場も再現



蹴鞠の守護神でもある精大明神(せいだいみょうじん)を祀る地主社


崇徳上皇が1156年に保元の乱」に敗れて讃岐の白峯(香川県坂出市)に追放されてから、実に712年ぶりに京に帰ってくることが出来ました。


       ※崇徳上皇碑

「背を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」

百人一首にも出てくる崇徳院の有名な歌ですが、長い時を経ましたがようやく歌が現実になることが出来ました(ノД`)



また明治6年には、崇徳上皇の前に天皇もしくは上皇でありながら流罪に遭ってしまった淳仁天皇(764年・藤原仲麻呂の乱にて)も祀ることになり、昭和15年に『白峯神宮』に昇格となりました。


明治維新のゴタゴタが落ちついた?ばかりの明治元年と、これから太平洋戦争の真っただ中という昭和15年に、逆にこの最大の怨霊の力を借りて何とか国を落ち着かせようという強い意志が見えてきます。



『白峯神宮』というと個人的に印象深いのは、サウンドノベルの名作TVゲーム『街』のシナリオで、世界征服を狙う悪の秘密組織「七曜会」がこの『白峯神宮』の力を借りようとするお話がありました。

この『街』の発売が1998年なのですが、実は同じく1998年に行われたワールドカップフランス大会に日本が初出場した時に、サッカーの神様としてマスコミで大きく取り上げられたのが『白峯神宮』が現在の様に注目されるようになった始まりのようです。

ゲームスタッフもまさかこんなにガラッとイメージが変わるとは思わなかったでしょうねw



『白峯神宮』に物騒な魔界的なイメージを求める人にはがっかりかも知れませんが、崇徳上皇淳仁天皇にとっては今みたいに明るく楽しい感じな方が嬉しいでしょうし、怨霊の呪いなんか無いに越したことはないですからね。






『白峯神宮』の御朱印>


       ※印刷物でしたが500円しました。







『白峯神宮』

参拝時間・8:00~17:00
祭神・崇徳上皇、淳仁天皇
ご利益・厄除け、スポーツ芸能上達、闘魂守
交通アクセス・
 地下鉄「今出川駅」から徒歩8分
 バス「堀川今出川」からすぐ

HP・http://shiraminejingu.or.jp/

本法寺

~スタイリッシュでアートなお寺~

『水火天満宮』のすぐ南にある日蓮宗の本山の一つ『本法寺(ほんぽうじ)へ。






       ※仁王門


       ※本堂


       ※多宝塔


       ※手前が多宝塔、奥が開山堂


       ※叡昌松

なんか全体的にデザインがスタイリッシュで格好良くないですか
 (*^ω^*)



『本法寺』は、江戸時代の芸術家として名高い本阿弥光悦の菩提寺で光悦によって伽藍を整備され、『巴の庭(ともえのにわ)という庭園や『花唐草文螺鈿経箱(はなからくさもんらでんきょうばこ)なんかが残されています。


他にも芸術家長谷川等白の縁の寺でもあり、かつては本堂の天井画や客殿の障壁画が等白作としてあったようですが、残念ながらこれらは天明の大火によって焼失してしまいました(´・ω・`)


       ※長谷川等白


ただし『佛涅槃図』を始めとするいくつかの作品は無事に今日まで残っていて、『佛涅槃図』は普段は原寸大の複製を展示していますが、3/14~4/15の期間は本物の方を拝観出来るそうなので、今回の旅でも観ようと思えば観れました(´・ω・`)

ここも御多分に漏れず隠れた桜の名所みたいなので、3月の終わりくらいに来ると両方楽しめるようです(さすがに混んでるかな?)



それにしてもここも有料施設の『巴の庭』『宝物館』の拝観をしていないのは悔やまれますね(´・ω・`)

御朱印ももらい損ねているし、『本法寺』はまた改めてリベンジしたいですね(初日はそんな所ばっかりだけど)




       ※狛犬ならぬ狛猪



この後『本法寺』の西門を出て次の目的地へ向かったのですが、東の仁王門から出て小川通を挟んだすぐ隣りに洛中における日蓮宗最初の寺院でもある『妙顕寺(みょうけんじ)という結構良い感じのお寺があり、

小川通も茶道の表千家裏千家の家並みが立ち並ぶ落ち着いた素敵な道のようですが、見事にこの辺を何故かスルーしています(´・ω・`)







『本法寺』

開門時間・10:00~16:00
拝観料・500円(庭園と宝物館)
宗派・日蓮宗
交通アクセス・
 地下鉄「鞍馬口駅」から徒歩15分
 バス「堀川寺之内」から徒歩2分
 バス「天神公園前」から徒歩2分

HP・http://eishouzan.honpouji.nichiren-shu.jp/

水火天満宮

~日本で最初の天満宮~

『妙蓮寺』を東へ進み、堀川通を渡って北へ進むと『扇町公園』がありますが、その公園と併設される形で『水火天満宮(すいかてんまんぐう)があります。









『水火天満宮』は水難火難避けの神と言われ、地元の人には「水火の天神さん」として親しまれています。


天満宮は菅原道真の怒りを鎮めるために建てられたものですが、この『水火天満宮』は日本で最初の天満宮だそうです。


中はこじんまりとした神社ですが、ここも桜の隠れた名所と言われているみたいです。当然まだまだですけどね。



元々は堀川通の向かい側にあってもっと広い敷地だったそうですが、堀川通の拡張に伴い『水火天満宮』を建立した尊意僧正(そんいそうじょう)の別邸である現在地に移転したとのこと。



道真の霊が降り立ったと言われている「登天石(とうてんせき)です。



御朱印をもらいに社務所に行ってみると、どこにも「御朱印あります」的な記載が無かったので、ここではもらえないものと思って諦めてしまいました。

まだ御朱印のルールが分かってないから「御朱印」との記載がある所でしかもらえないものと勘違いしてしまっています。こんな感じで旅の前半は御朱印をもらい損ねている所がこの先もいくつかあります(´・ω・`)



その代わりですが、社務所に『京洛八社 集印めぐり』という色紙が販売していたのでついついこれを購入してしまいましたが、今にして思えばこれは失敗でしたね(´-ω-`;)

結局この後も、この手のスタンプ系の物はいくつかありましたが、これは通常の2~4泊程度の小旅行の際にお手軽に集められる物としてやってみるものであって、今回は普通の御朱印集めが相当数になってしまっているので、無料の物ならまだしも有料の物は避けるべきでした。



※色紙は無事にコンプリートしたので、その時の記事で紹介します。ちなみに対象の神社は、

文子天満宮
菅大臣神社
下御霊神社
菅原院天満宮神社
護王神社
御霊神社
白峯神宮
水火天満宮

以上の8社です。

テーマとしては、烏丸通堀川通周辺のちょっとマイナーな神社8社で、最初の色紙が500円、以降1スタンプ300円ずつになり、全部揃ったらそこで記念品授与となります。

これに専念すれば、1日で集めるのもさほど難しくはないですね。


ちなみに他にもあったこの手のものとして。

『京都五社めぐり』

平安神宮
上賀茂神社(玄武)
松尾大社(白虎)
八坂神社(青竜)
城南宮(朱雀)

平安神宮と四神にまつわる四社。色紙が格好良くメジャーな所ばかりで数も少ないですが、結構広範囲に渡ってますね。
やっぱり人気なのか、これを集めている人はたまに見掛けました。



『京都刀剣御朱印めぐり』

粟田神社(三日月宗近)
藤森神社(鶴丸国永)
建勲神社(宗三佐門字)
豊国神社(骨喰藤四郎)

日本刀ゆかりの四社。刀剣乱舞人気もあって、既に第6弾と恒例化しています。集めている女の子もよく見掛けました。おいらも日本刀好きだし、頑張れば1日で集められなくもないのでこれはやりたいかも。



『都七福神まいり』

京都ゑびす神社(ゑびす神)
妙円寺(大黒天)
東寺(毘沙門天)
六波羅蜜寺(弁財天)
赤山禅院(福禄寿神)
行願寺(寿老神)
萬福寺(布袋神)


毎年1月に行われる七福神にまつわる七寺社巡りで縁起は良さそうです。集めやすそうな所と大変な所がありますが、専用のバスツアーなんかもあるようです。



『泉湧寺 七福神巡り』

即成院(福禄寿)
戒光寺(弁財天)
新善光寺(藍染明王)
観音寺(恵比須神)
来迎院(布袋尊)
雲龍院(大黒天)
楊貴妃観音堂(楊貴妃観音)
悲田院(毘沙門天)
法音院(寿老人)

毎年成人の日限定で行われる泉湧寺の塔頭巡りです。さすがにおいらがやることは無いだろうけれど、地元の人が仲間内でわいわい言いながら毎年の恒例行事としてやるのは良いかも。



おいらが行っていた時に行われていたのが、あとは『京都五社めぐり』『京都刀剣御朱印めぐり』の計9つだけだったのなら、いっその事どっちもやってしまっても良かったかもね。どっちもコンプリ出来てないけどw

そう言えばこの『京洛八社 集印めぐり』を集めている人は他に見なかったな。まぁマイナーな所ばっかりだから、そもそも他の参拝者自体がどこもあまり居なかったからだけど。



他にも無料のスタンプ集めがいくつかと、『西国三十三ヶ所めぐり』で散華(さんげ)がもらえるヤツなんかもありました。

ちょっと京都観光する時にどこに行こうか迷った時には、これを集めても良いですね。







『水火天満宮』

祭神・菅原道真
御利益・水難火難除け
交通アクセス・
 地下鉄「鞍馬口駅」から徒歩10分
 バス「天神公園前」からすぐ

HP・http://suikatenmanguu.com/

妙蓮寺

~冬桜で恋が叶う~

昼食を終え、再び散策 (/*´∀`)o 

『西陣イノクマカフェ』を東へ進み、大宮通の四つ辻に『たんきり飴本舗』という気になる店があったものの、さすがにお土産を買うにはまだ早いのでスルー。





『たんきり飴本舗』の脇の道を進んで、すぐの所に『妙蓮寺(みょうれんじ)があります。







『妙蓮寺』は、本門法華宗の大本山。

鎌倉時代に日蓮上人の弟子の日像(にちぞう)によって創建されました。その後たびたび戦火にあって、色々な所を転々としてしまったようですが、1587年豊臣秀吉の命により現在の地に落ち着くことが出来ました。

本門法華宗の大本山だけあって、当時は塔頭27ヶ院もある大きな寺院だったみたいですが、江戸時代の天明の大火で大分焼失してしまい、現在では塔頭8ヶ院だけになってしまいました。




『妙蓮寺』の見所は、四季を通じて様々な花が楽しめるとのことで、「御会式桜(おしきえさくら)が最も有名な様で、



右にあるのが御会式桜」で、10~4月まで結構長いこと咲いているのでちらほら咲いていますが、この時は知らないからほとんどスルーしちゃってますね。散った花びらを持ち帰ると恋愛成就の御利益があるそうです。


他にも夏にはツバキ、ツツジ、芙蓉(ふよう)なんかもあるようですが、




残念ながら時期的に、その辺は全く期待は出来ませんな(--;)

今回の旅行は、あえて一番観光客の少ない時期を狙ってゆっくりと観光するのが目的ですから仕方のない話ですが、この後も桜の季節や紅葉の季節に来ていたら最高だったろうな~とはたびたび思いましたね
(´・ω・`)

まぁ訪れた時期によって色々な顔を見せてくれるからこそ、京都へは何度も行きたいと思わせてくれるわけですけどね。


あとは鐘楼がこんな感じに外からは鐘が見えない袴腰鐘楼(はかまごししょうろう)というもので、





この時初めて観たのでおおッッ!(゚o゚)て思ったものの、意外とこの後色々な所で観てしまったのでしたw

ただこうやって改めて観ると、デザインがシュっとしてスマートなので、好きの上位にくるかもね。



あとは十六羅漢石庭のある石庭・方丈宝物殿の拝観も出来るんだけど、この時はまだ旅の初っ端で有料施設に入ることに関してまだしわいや根性が出てしまって、御朱印だけもらってお終いにしてしまいました。

この後は有料施設も気にせず入りまくったので今となってはその点では心残りでしたが、まぁこの周辺はその内また再訪しそうですね。





『妙蓮寺』の御朱印>


※住職不在のためスタンプです。







『妙蓮寺』

開門時間・10:00~16:00
休日・水曜日
拝観料・500円(方丈・庭園)
    300円(宝物殿)※要予約
宗派・本門法華宗
御利益・恋愛成就
交通アクセス・
 地下鉄「今出川駅」から徒歩16分
 地下鉄「鞍馬口駅」から徒歩16分
 バス・「堀川寺之内」から徒歩3分

HP・http://myorenji.or.jp/index.php