『晴明神社』を出て少し右へ行き、堀川通を渡った所に堀川が流れています。
その堀川に小さな橋が架かってるんだけど、それがかの有名な『一条戻橋(いちじょうもどりばし)』です。
『一条戻橋』の伝説と言いますと、
・『撰集抄』巻7にて、平安時代の漢学者三善清行(みよしのきよゆき)の葬列がこの橋を通った際に、紀州熊野にいた息子の浄蔵が戻ってきて棺にすがって泣き悲しみ神仏に祈った所、清行が一時蘇えった(これが戻橋の名前の由来)。
・『平家物語』にて、渡辺綱(わたなべのつな)が橋のたもとで鬼女に襲われ、名刀「髭切りの太刀」で腕を切り落とす。
・『源氏物語』にて、「ゆくはかへるの橋」と記される。
・安倍晴明が橋の下に十二神将の式神を隠していた。
・戦国時代、橋のたもとで「鋸引き(のこぎりひき)」という刑に処せられた罪人のさらし場所になる。
・豊臣秀吉によって、千利休、島津歳久の首がさらされたり、24名のキリシタンの左耳を削ぐ「耳そぎの刑」が行われる。
・歌手の小金沢くんが2012年にデビュー25周年記念曲として「願・一条戻り橋」を発表w
いや~、怖いですね~、恐ろしいですね~((;゚Д゚)ガクガクブルブル
その他にも民間伝承レベルですと、数えきれないくらいに逸話があるようですね。
何故にこんなに曰くつきの橋になってしまったかと言いますと、今でこそ京都市内のど真ん中に位置する橋になりましたが、元々は平安京の内裏(天皇の居所)の鬼門(北東)に位置し、都との境界でもある一条大路という通りにも位置していたことや。
その『一条戻橋』の北側は葬送の地となっていたため、都の人からすれば『一条戻橋』は、まさにあの世とこの世を結ぶ橋という感じだったのですね。
ただでさえ当時は川の向こうは別の世界とも呼ばれる程の時代で、橋はその別の世界とこっちの世界をつなぐ特別なものだったので尚更ですね。
ちなみにそんな場所に『晴明神社』があるのは偶然ではなく、魔のものから都を守るために当時最強の陰陽師だった安倍晴明が守護にあたったということなのでしょう。
さてそんな『一条戻橋』の現在ですが、
!?Σ(゚ロ゚;)
びっくりするくらいに何の変哲もない普通の橋です!
知らなきゃ普通に気にせず通っておしまいの橋でしょうね。
高知県にあるはりまや橋は、「よさこい節」で有名な橋で観光名所になっていますが、残念ながらその見た目から「日本3大がっかり名所」なんて呼ばれてしまっています。
※ちなみに去年行ったはりまや橋の写真です↓
『一条戻橋』は、『はりまや橋』とは比べ物にならないくらいに沢山の伝説、逸話のある橋なので、その気になれば『はりまや橋』超え出来そうな感じですねw
まぁその曰く因縁を踏まえた上で行ってみると、そのギャップを逆に楽しめなくもなかったですけどね(^~^)
ちなみに橋の下はこんな感じです。
こんな所に晴明の式神が隠れてたんですね。
橋の短さや低さもそうですが、この真新しさが何よりイメージにそぐわないですが、現在の橋は1995年に架け直されました。
『晴明神社』に以前の『一条戻橋』の欄干の柱を使用したミニチュアがありまして、それがこちらです↓
「一條」と「戻橋」と書かれている欄干だけが、当時の物らしいです。
以前の橋は鉄製だったらしいんだけど、これじゃ当時の面影は感じないし、隣りの変な像が更に台無しだし┐(´д`)┌
なんか旅のしょっぱなから、ちょっと残念なスタートが続いてしまった感じかな(´・ω・`)
もはや21世紀の現代において、魔界的なものは期待するだけ無駄なんでしょうかね(´ω`;)ウーン
『一条戻橋』
交通アクセス・
地下鉄「今出川駅」から徒歩11分
バス「一條戻橋・晴明神社前」からすぐ
HP・https://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=1&ManageCode=3000009
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